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日窒鉱山

日窒鉱山は私たちにとって少し難しい課題だった。私は廃れた日窒の町に何度も足を運んだことがあるが、いつも鉱山を通り過ぎるばかりであえて入って行こうとはしなかった。

日窒鉱山は私たちにとって少し難しい課題だった。私は廃れた日窒の町に何度も足を運んだことがあるが、いつも鉱山を通り過ぎるばかりであえて入って行こうとはしなかった。私は結局鉱山に入ることになったのだが、それは秋のすてきな日暮れ時のことだった。私たちは鉱区にアクセスするのに危険な橋を渡らなければならなかった。そこからなら、まだいる警備員たちには私たちの姿が恐らく見えたはずだ。鉱山複合体のごく一部が実際に廃坑となっているだけで、日窒の一団はどこにでもいる。

この鉱山は第一次世界大戦前からすでに存在していたが、実際の開拓が始まったのは日窒が1937年に鉱山を買収した時だった。就業日はかつて午前8時から始まった。爆破は午後3時頃に行われ、1度爆破してしまえば爆破担当の炭坑作業員たちの一日は終わった。夜勤は午後4時に始まり真夜中頃に終わった。夜勤の作業員は鉱物を運び出した。今日でも24時間体制で週末でも祝日でも張り詰めた作業の様子が見られる。

鉱山のこの部分は、1937年から1970年まで使われていた。